コラム「小鹿野歌舞伎手習い始め」其の五『黒衣』に徹しましょう!』
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東西さんによる小鹿野歌舞伎手習い始め其の五
「黒衣」に徹しましょう!」
「黒衣」…、くろご、と読みます。文字通り黒い着物のこと。
歌舞伎の舞台で、役者の演技の手助けをする役です。
正確には「黒子」と書いたり、「くろこ」とは言わないそうです。
歌舞伎の世界の約束事では、黒という色は無を意味しているので、黒衣は観客から見えないということになっているのです。
とは言っても、現代の明るい舞台照明では、真っ黒な衣裳を着た人が出てくれば、目立ってしまうのは当然。
歌舞伎のエッセイなどを読むと、歌舞伎を見た外国の方が、黒衣を指さして
「あの黒い人物の役柄は何か、かなり重要な役なのだろうか」
という質問がよくあるとのことです。
今の若い人にとっても同じではないでしょうか。
大歌舞伎では雪の場面では白い着物、水中や川の場面では水色の着物を着ます。
これを雪衣、水衣というそうです。
小鹿野歌舞伎ではかつて後見という呼び方もあったのですが、
後見というと荒事や舞踊で役者の持ち物や衣裳の手助けをする役で、黒衣とは違って素顔に黒紋付、袴姿です。
もっと格の高い演目では、化粧、鬘をつけ、裃姿でつとめる訳で、役者より演技に精通した方がなさるようです。
当方のお祭り芝居で後見といえる方は少ないですよね。
全国の地芝居の写真をお撮りになっている山口清文氏に伺うと、小鹿野歌舞伎ほど黒衣の数が多いところも無い、と感心されました。
成程、氏の写真を拝見すると、舞台裏にずらりと揃った「黒衣軍団」がにこやかにポーズを決めているのです。
よその土地の地芝居をたまに見に行きますと、
本当に一人の方が舞台の上手、下手を走り回り、
下座をやっていると思ったら、つけに回り、小道具を片付けたり、大道具を動かしたりと
八面六臂の活躍をされている様子を見ることがあります。
もっとも小鹿野歌舞伎でも一昔前は同じようなものだったと覚えています。
笑い話によく出ますが、
裏方も普段着姿で、ぱっと舞台に出たと思ったら、悠然と合引(あいびき・役者が腰掛ける細身の椅子)を出し、
すたすたと二重舞台から戻っていって当然だった、、、。
しかも合引がひっくり返しだった…という、
如何にも地芝居の魅力一杯という風景がありました。
今の小鹿野の黒衣たちが地芝居の魅力を欠いているかというと、そうでは無く、
理に叶った動きと役者を引き立たせてやりたいという気持ちが強く、
黒衣自身も舞台上で如何に格好良く立ち居振る舞いを見せるか、常に研究しているのです。
頭巾から足袋の裏まで黒ずくめ、あくまで主役は役者。
黒衣は目立たぬよう、片付けたものを自分の体で隠し、さっと袖に入る。
まさに「黒衣に徹する」姿が一つの美学なのでしょうか。
筆写も自重したいものです。
さて、黒衣も頻繁に洗濯しますとだんだん「グレ衣」になってきます。
そろそろ新調しましょうか。
(東西)